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  • 市子(セミテロ)

    映画『市子』を観たお話。

    プロポーズされた翌日に失踪した女の子

    『市子』

    その恋人(長谷川くん)は警察と共に彼女を捜しながら本当の市子を追っていく。

    戸籍を持たない女の子が普通の女の子として生きる為の話。

    無戸籍児、ヤングケアラー、貧困、性的暴行…

    などなど重過ぎるテーマてんこ盛り。

    これもまた邦画らしいじっとり感で湿度が高め。

    戸籍を持たない『市子』が、難病の妹月子の戸籍を使い『月子』として生きていく。

    その中で、行動力があり、生きる事に貪欲な市子は『市子』として生きるために、手段を選ばない。

    杉咲花が演じているからなのもあるが、キャラクターとして儚げな弱者に魅せるのが上手く、謎に男2人からしっかり守ってもらい利用してしまう。

    君はただのストーカーでしょ!北くん!

    実際社会的に見れば、戸籍を貰えず、

    難病の妹の世話をさせられ、義理の父に性的暴行されるという“可哀想”な側面はあるのだが

    しっかり自分の戸籍のために人を殺すという残酷さも持ち合わせている、市子。

    観ているこちらも、長谷川くんや北くんと同じなのかもしれないなと思ってしまう。

    (市子の色に魅せられた男2人)

    結論、確実に朝から観るものではなかった。

    市子ないし月子を中心に、周りの人間達が見た彼女を振り返る構造になっていて、時系列が行ったり来たりする。

    何がいつ行われた事なのかが分からなくなりそう。

    きっと市子の見え方は観る人によって違う。

    変わらぬ事実としてあるのは市子は自分の生活のために4人殺している。

    社会からこぼれ落ちた“可哀想な子”のしょうがない殺人と捉えるのか

    その場の嘘を重ねる事しか出来ず、根本解決に至らなかった自己中サイコパスと捉えるのか

    4人も人が死んでおきながら、映像は淡々とじめじめと進んでいく。直接的な死を感じさせずに。

    (ある意味、市子から生を感じない。それは戸籍がないからという一種の表現なのかな。そういうのはよくわかりません。)

    ただ誰も市子を知らない。

    市子としての市子も、

    月子としての市子も、

    冬子として生きる今後の市子も、

    全部見え方が違う。

    他の人には市子がどんな風に見えるのかが気になる。

    ここまで重い話はあまりないけれども、実社会においても自分が知ってるその人と、他者から聞くその人は全く違っているように見える。

    解釈が一致する事はほぼないよね。

    人は、いるようでいないようなものなんだろうね。

    そう考えると、市子ぐらい貪欲に自分は自分である!と存在を認めようとする事は悪くない事かもしれない。殺人は法が認めてくれないけれどもね。

    大変面白かったけれども、最後の方でめちゃくちゃセミがしっかり出てくるのが個人的に無理過ぎたのでそこだけ飛ばしました。

    お願いだから、セミはゴキブリと同じぐらいの規制をして下さい。

    セミも含めた総合的な感想は、じっとり邦画の殻を被ったミステリーホラー映画でした。

    久々にこういう映画を観ました。

    大変良かった。あまり共感は得られないだろうからここにだけ。

    あなたにはお勧めしません。

  • Twitterレベルの話

    もーうどうにもなんないや🤷🏻‍♀️

    っていうこの状況で、

    難しい説明を聞かされた私👇

    Screenshot

    その後、いろいろ頭を悩ませた結果

    なーんでこんな思いしてんだ!嫌だー!ってなった結果の私👇

    Screenshot

    一周回って、開き直って、昼間もアイス食べたのにハーゲンダッツを買ってきてもらうというギルティな私👇

    Screenshot

    以上、本日のワタシでした。

  • 明日に託し、今日を許す

    人生のレールを全てはみ出してきたタイプのダメ人間です。

    今更元になんて戻れない。

    乳首ですら時々はみ出てしまっているというのだから、

    人生のレールなんてもっての外。

    親に敷かれたレールを見事蹴散らしてきた私にとって、そのレールにきちんと乗っかっている人を見ると

    時々自信がなくなったり、不安に思ったり、羨ましく思ったりします。

    あーーー今レールの上だったらな…

    なんて日はよくあって、

    この先どうなるんだろうという不安の中毎日生きています。

    でもこの選択を行ったのは、紛れもなく自分であります。

    過去の自分が1番怖い。

    もし、自分に子供ができたら

    きっと私の親がしてくれたようにレールを敷いてあげると思うけど

    蹴散らされても何も言わない気がします。

    この子は同じ苦労をするんだなと、思いながらただ見守るのみ。

    レールを蹴散らしたからこそ得た物は多い。

    ただ、レールの上にいたらもう少しだけ先人達を見据えながら悩みを解決出来たのではないかと思う。

    悩み事に終わりなどありませんが(多分死のみ)、

    我が道をゆくと決めた過去の自分に胸を張れるよう、これからもレール蹴散らし人生を謳歌していきます。

    ほう…

    人生とは過去を正当化する作業なんだろうなきっと。

    と、言うことで

    今夜寝れずにぽちぽちと文章を書いて体内時計狂いまくりの私を肯定するのはきっと明日の私。

    そして、アイスを食べた私も明日の私がどうにか正解にしてくれる、はず。

    まぁなんとかなるっしょ、明日の私頑張れよナ。

    だってこれが人生なんでしょう???

    今日を許せ、過去をも。

  • 生活への意気込み

    一人暮らしの1番の難点は、

    全ての責任が自分にあるという事。

    すなわち諦めの落とし所がない。

    郵便物を溜め込んだのも、洗濯機を回すだけ回して干さなかったのも、冷蔵庫が空なのも、洗面台の鏡に歯磨き粉の飛沫が残っているのも、

    全部自分のせい。

    連日美味しいものを食べすぎてニキビができるのも、酔っ払ってコンビニでたくさんアイスを買い込んだのも、靴下が片方ずつお布団から出てくるのも、

    全部自分。

    もしこれが愛する人の仕業だったら、

    許せていたかもしれない。

    ただ、ひとりで生きる以上、紛れもなく自分の仕業だ。

    過去の自分は今の自分よりも遥かにポンコツである。

    そして何より怖いのは、未来の自分もまたポンコツであるという事。

    笑えなーい。

    でも、

    冷蔵庫に好きなものを目一杯詰め込めるのも、歯磨きせずに寝てしまっても良い(本当はダメ)のも、酔っ払って歌いながら眠るのも、鍋の味付けを自分だけのものにできるのも、

    全部自分だけの特権。

    ポンコツとの戦いであり、ポンコツへの愛の施しであるひとり暮らしとやら、

    存分に楽しんでやろうと思います。

  • ビルの耐震工事と地頭の話

    「地頭良いよね!」

    に、実は良い意味は含まれていない。

    地頭ってあってないようなものだよねと常々思います。

    プライドの高いお馬鹿さんをなだめる為のエサみたいなものだと感じる日々。

    私の事だ…あぁ…(´・_・`)

    地頭良いよね!

    が、聡明だね!!、に変わる日を待ち望みながら自分磨きを頑張りたい所存。

    では真の聡明さとはなんだろうなぁ…。

    少なくとも、上記にあるようにプライドの高さが見えている時点で相手はおだてる以外の選択肢がなくなるわけだから(機嫌を損ねさせても構わない!というようなチャレンジャーでない限り)、高飛車で勝気な無駄なプライドを捨てたい。

    ビルは地震が起こった時に、ぐにゃんと曲がるようになっているらしい。

    プライドも一緒かもしれない。

    揺らぐような事があった時、流れに身を任せてぐにゃりと曲がったほうが崩壊しない。

    ガチっと固められた無駄なプライドは、いつか大地震が起きた時にガタガタと崩壊してしまうのだからね。

    “地頭がよい”とかいう言葉に惑わされずに、

    知識と経験を持ち合わせ、プライドを捨て、

    耐震工事バッチリ行われたビルの如く柔軟で強い大人にならなくちゃいけないなと思ったり、する。

    別にそこで変なプライドに固執したってあなたの価値は下がる一方なのよ、と余裕のない時の自分に言ってやりたい。

    日々、お勉強。

  • 実質的猫飼い暮らし

    漬物といえば、ぬか漬け。

    私は祖母が漬けていたぬか漬けがとにかく大好き。

    古漬けにしたきゅうりを薄く小口切りにして水にさらし、鰹節かけて食べるのも好き。

    カブもニンジンも大根も、長芋もセロリも

    ぬかに漬ければほとんどの野菜は美味しくなると信じています。

    これぞ、ぬか漬け信仰。

    そんな深い信仰心から、一人暮らしになった今も自分でぬか様を育てている。

    ぬか床は温度がとても大事で、発酵を促すために程よい温かさも必要。

    かといって、あったかすぎると発酵が進み過ぎてカビるんるんと同居する羽目になる。

    冷た過ぎても温か過ぎてもいけないらしい。

    私はカビるんるんを恐れるあまり、年中冷蔵庫でぬか様を祀っているのですが、それはそれで許されるらしい。

    調べたところ、ぬか床の心地よい場所というのは

    家の中で猫が好む場所らしい。

    猫が夏に好む場所、猫が冬に好む場所、それがぬか様の1番心地よい場所なのだそう。

    …はて、

    という事はぬか床は実質猫なのでは…?

    生粋の猫好きでもある私は、知らぬうちに猫と暮らしていたという事になる。

    ペット不可の物件でも一緒に暮らすことができる猫、通称ぬか床。

    生活の一部に組み込むと、生活の質と腸内環境が良くなります。

    let’sぬか床生活。

  • ほぐれる

    冬、優しい手に包まれる時の幸福感を超えてくるものはないはず。

    その手の持ち主が恋人なのか母なのかそれとも名前もない人なのかは分からないが、優しい手である事だけが必須条件である。

    肉体の温かさよりももっと奥の温もりをこんなにも求めているなんて、今まで知らなかった。

    サーモグラフィーで赤く光るところだけが温もりではない。

    自分の冷たさを知る時はいつも、

    温かいものに触れた時。

    こんなにも自分は冷え切っていたのだと、心ごとほぐれていく瞬間を私はずっと求めている。

    冬が深まれば深まるほど、

    孤独が自分を冷やせば冷やすほど、

    優しい手に包まれたい。ほぐれたい。

    春までどうにか死なずに生きる為に、

    自分の冷たさが当たり前にならない為に、

    もしまた冷えてしまってもそれに耐えられるように、

    一度ほぐして。

    春になったら今よりは自分を温められる方法が見つかりそうだから。

    とは言ったものの実はあまり探す気はない。温めてもらう気満々です。春が来たって。

    まぁとりあえず

    今日の夜は手を繋いで寝ようne。

    ※2025/1/6に書いたもの

    とても寒くて、手を繋いで寝た温かい夜だったんだと思う。

  • なんだろうね、これ

    私ね、大好きなのね。

    でもね、全力で向き合いたいのに無理な時もあって、切ない夜が多いの。  

    きのこ帝国が大好きだから、聴いて。

    「海と花束」

    伝えたいことなど、とっくのとうにない。

    本当にそう。

    “今、伝えたいこと”はとうの昔に伝えた事なんだけど

    今私が伝えたい事ももうすでに山積みになっていて困っています。

    こんな酔っ払った時だって投稿できちゃうんだから、困ってしまいますね。

    私の存在価値は?

    別になくてもいいや、とりあえず私のことだけ愛してよね。

  • 酸素不足の原因は恋心

    時々この地球からは酸素がなくなっていると思います。

    一緒に居たい人が居ない時、さっきまで一緒に居たのに離れた瞬間、寂しい夢を見た後の朝。など。

    毎日美味しい空気を目一杯吸い込める、そんな人でありたいのですが、これが案外難しい。

    あーなんか酸素薄いなぁって思いながら生活して、やっと大切な人に会えた時にすーーーーっと空気が身体をめぐる感覚が大好きで、普段酸素が薄くてもまぁ良いかなと思えています。

    そりゃ、欲を言えば毎日深呼吸したいからずっと居てよねって感じなんですけど。

    だから私の好きなタイプは、酸素ボンベみたいな人です。

    はは。

    毎日会えたら良いのにって思いながら過ごす日々も悪くありません。

    良くもないです。

    ただ、間違いなく言えることは、

    一瞬でも濃くて美味しい空気を提供してくれる大切な人がいることは幸せな事です。

    ((でも、恋愛している時ってIQ下がるからそれはある意味脳に酸素巡ってないってことだよね?

    てことは、体に酸素巡ってるって勝手に思ってるけど実はその人と会ってる時が1番呼吸できてないんじゃないの…?って思ってみたり。まぁいいや。))

    地球には平等に酸素はありません。

    呼吸がうまく出来ない日もあるし、身体中に有り余るほどの酸素が巡る気持ちが良い日もある。

    明日はどっちになるでしょうか。

    ちゃんと酸素ボンベの場所把握してる?

    呼吸できなくなりそうだったらちゃんと酸素ボンベのところ行くんだよ。

    また地球から酸素がなくなってしまう夜のために、宇宙服の開発を希望します。

  • 愛すべき、尊い脂肪

    晩年ダイエット人生を送っている私ですが、

    実は意外と自分の脂肪を愛しています。

    ぷにっとしたお腹も、座ると隙間がなくなっちゃう脚も、笑わずともまんまるな顔も。

    全部愛おしいはずでした。

    ただ、この世の中は脂肪を愛してくれないので、

    (もしくは脂肪を愛するのはごく少数の人間だけなので)私は愛すべき脂肪に別れを告げる事にしました。

    健康さえ害さなければ、私はそれもひとつの愛しさで、愛嬌で、ある意味資本だと思っておりましたが

    外見を売りとする夜の世界では特に通用しないようです。

    んー、むずかしい。

    なんとも残酷な世界です。

    まだあなたとは一緒にいたいよ、と懇願しているのに颯爽と私の元から離れていってしまう胸の脂肪。

    やたら切り替えの早い、恋愛玄人的脂肪。

    あなたとはもう終わったのよ!って散々伝えているのにお前じゃなきゃダメなんだ!と居座る腹の脂肪達とはわけが違いますね。こいつらはメンヘラ的脂肪。

    私脂肪にはモテるタイプなんですが、胸の脂肪だけはどうも釣れません。

    脂肪を愛したいという気持ちは変わらずあるので、

    他人の脂肪を愛していきたいと思います。

    死ぬ時は骨になるのだから、生きている間は個性たっぷりで美味しいものを食べた証を体に刻み込んで欲しい。

    骨の形はみんな一緒。

    肉と脂肪にこそ魅力があるのだと思っています。

    美味しいもので満たされた人は、心身ともに豊かになっていくもの。

    いつか地球に危機が訪れて、食物がなくなった時、

    1秒でも長く生きていられる体を手に入れて。

    死から遠いものは尊いのです。

    幸せの象徴は鳩よりも、お腹についた贅肉かもね。

    で、明日は何食べる?